MRC呪われた24日!(首都高で散る・・)


 2000年最後のクリスマスイブ(12/24)に勃発した筑波事件も記憶に新しいが、 2001年の1月24日には某I氏の車が広尾の交差点で前輪ホイールが外れ、3輪走行。 外れたホイールはXXX屋へ突っ込むという大事件が発生。そして今月の24日にも事件が発生したのであった。 小雨の降る中、某神奈川のレーシングチームとの合同新年会に参加するために首都高を順調に飛ばしている時に事件は起こった のであった。
MRCの呪われた24日の報告です。

足立入谷から首都高に乗って小菅ジャンクションを過ぎたところで突然死した天下のホンダ、インスパイア。
固まるI氏の図。水温、湯温、エンジンからの異音とも、何の前触れもありませんでした。

泣く一人と笑う二人。首都高中央環状線上からJAFに連絡して救助を待つ。エンジンが掛からない寒い車内で
寝たら死ぬぞとみんなで励ましあって救助を待つ。待つこと1時間弱。向島線の方からウーっとサイレンを鳴らしながら
国際救助隊のJAFが来ました。助かった!と涙を流したのは言うまでもありません。

JAFの隊員はクランキングをするなり、これエンジン焼き付いてますねの一言。この車はどこのディーラで見てもらってるの?の質問に
I氏は笑ってごまかしてました。取りあえず四つ木の出口まで牽引することになり、”本線への合流時は勝負かけますから”と隊員の真剣な目にちょっと緊張。
右の写真はまさに勝負を掛けて本線合流後、無事出口の手前まで来た時の写真です。(いい絵です。(合掌))

四つ木出口から下りて、手続き完了。JAFの隊員に、”牽引される側の運転がうまいですね”とお褒めのお言葉をもらったI氏。
本人はかなり傷ついていましたが、悪気は無いJAFのお兄さんはとても良い人でした。
やっぱ代車はイタ車じゃなくちゃダメだな。(誰かさんの言葉でした。)
これからが、また大変。空母Massimo(ローダー)を取りに帰り、インスパイア収容後4人で遅い夕食となったのです。
LCJ神奈川の関係者の皆様、新年会に行けずに申し訳ありませんでした。
M山さんへ電話した時の周りの方々のバカウケ(笑い声)がとても心にしみました。(恥ずかしー!カッチョワルー!)
さあ、来月24日は何があるのか?というと・・・大ありなのです。デルタカップ2000準優勝のPILAさんのXX式なのです。
また、何か事件が無ければ良いなあと思うMRCの面々でした。

 


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